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マーケティング

心を動かす伝え方  その1

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最初にお断りさせていただきますと、
本日のブログはいつもより長いです。

長いですが、一度読み始めれば、
最後まで読者は読んでしまうと予言します(笑)

それではまず、こちらの実話をご覧下さい・・・

——————————————————–

【エルトゥールル号のお話】

昔、人を助けた男がいた。

老いたその男は、何も言わずに息を引き取った。

残された家族の幸せを願いながら。

昔、人に助けられた男がいた。

助けられた男は、子供たちに言い続けた。

『恩を忘れてはいけない。』

男は同じことを繰り返し伝え、
そして息を引き取った。

1890年9月、トルコの軍艦エルトゥールル号は、
明治天皇への表敬訪問を終え、帰国の途についた。

しかし、折り悪く紀伊半島の沖で台風に遭遇する。

嵐の中、エルトゥールル号は舵がきかなくなり、地獄の亀強羅と呼ばれる暗礁に乗り上げて、大破してしまう。

さらにエンジン機関に海水が流入し船は大爆発!

600名以上いた乗組員は、
荒れ狂う海へと投げ出されてしまったのである。

誰もが助からないと思われた。

しかし、奇跡的に助かった一人の兵士がいた。

兵士は、断崖の上に灯台を見つけた。

傷だらけの体で崖を這い登り、
遭難のことを灯台守に伝え、
救援を求めた。

灯台守はあせった。

自分一人の力ではどうにもできない。

そう思うとすぐさま隣村へ駆けて行った。

隣村の漁師たちは、深夜にもかかわらず全員、
難破したトルコの人たちの救援に向かった。

浜辺にはたくさんの
トルコ人が打ち上げられていた。

全員、ぴくりとも動かない。

猟師たちは号泣した。

こんな遠くの国で朽ち果てねばならない
トルコの人たちを、
どうしても助けたいと思った。

「息があるやつがいるぞ」

狂喜した猟師たちは裸になり
トルコの人たちを温めた。

結果的に69人のトルコの人たちが助けられた。

しかし、貧しい漁村で69人の食糧が
まかなえるわけではない。

嵐で閉ざされた村の食料はあっという間に、
尽きてしまった。

「もう、何も食べさせるものがないねぇ…。」

村の若い婦人がつぶやく。

すると腰の曲がった老婆が元気に言った。

「鶏をさばくべ。」

緊急のときのために、
各家庭で鶏を飼っている。

しかし、これを食べてしまったら、
本当に何も食べるものがなくなってしまうのだ。

不安に思う若い婦人たち。

老婆はにっこり笑って

「お天道さまが見てくださっているさ。」
と言った。

こうして、鶏がさばかれた。

事情の知らないトルコ人たちは
おいしそうに鶏を食べた。

その姿をみて、
空腹ながらも心が満たされる村人たちであった。

この話は、和歌山県知事に伝えられ、
すぐさま明治天皇に伝えられた。

明治天皇は軍艦をトルコに向けるよう指示する。

この話は、全国を駆け抜け、
膨大な義捐金が集まった。

エルトゥールル号遭難を伝える新聞記事

トルコへ出航する日。

トルコの兵隊たちは、みな涙を流して感謝していた。

さて、この話には後日談がある。

イラン・イラク戦争の最中、1985年3月17日の出来事である。

イラクのサダム・フセインが、

「今から四十八時間後に、イランの上空を飛ぶすべての飛行機を撃ち落とす」

と、無茶苦茶なことを世界に向けて発信した。

日本からは企業の人たちやその家族がイランに住んでいた。

その日本人たちは、あわててテヘラン空港に向かった。

しかし、どの飛行機も満席で乗ることができなかった。

世界各国は自国の救援機を
出して救出していた。

日本政府は航空会社の
労働組合の反対にあい、
救援機を出せなかった。

空港にいた日本人はパニック状態になっていた。

祈りをささげるもの。
抱き合うもの。
手紙を書くもの。

すると、東の空から二機の飛行機が到着した。

トルコ航空の飛行機であった。

日本人二百十五名全員を乗せて、
成田に向けて飛び立った。

タイムリミットの
一時間十五分前であった。

なぜ、トルコは日本人を助けてくれたのか。

それを知る人は誰もいなかった。

ある大手の新聞などは、

「日本の援助を期待して」

だと書いていた。

その理由を尋ねられた
トルコの駐日大使は一言こう言った。

「エルトゥールル号の恩を返しただけです。」

—————————————————-

いかがでしたか?

このストーリーは実話なのですが、
もし、以下のような話の構成だったら
先生はどう感じるでしょうか?

——————————————————-

1985年のイラン・イラク戦争の時、
フセインが暴走して「急に空爆する!」って言いだして、
イランにいる日本人達は身を守る為に、
日本に帰ろうとしたんだけど、航空会社のストライキがあって、
日本に帰りたくても帰れなくなっちゃったんだって。

「もうだめだ!」って諦めた時、
イラクの飛行機が日本人を助けてくれたんだって。

理由は、明治時代に和歌山県沖で船が難破して
漂流していたトルコの船員たちをその村の人達が
助けてあげたっていう、歴史的背景かららしいよ。

——————————————————–

なんとも味気が無いと言うか、
最初のお話の順序と比べて、
感動がゼロに近かったのではないかと思います。

「トルコ機でやっと脱出」=1985年3月20日の毎日新聞社会面

同時に、

「何をどのようにどういう順番で話すのか?」

これの重要性を感じて頂けたのではないかと思います。

ここで、自費治療が取れない歯科医院の例を上げます。

過当競争の歯科治療業界において

生き残っていくためには自費治療を

いかに選んで貰えるかが死活問題です。

仮に、歯が抜けてしまったご年配の患者さんだとします。

歯科医「○○さんの歯の治療方法ですが、入れ歯にするか、ブリッジという方法がありますが、どちらにしますか?」

歯科医「ちなみに、これらは保険が適用されます」

歯科医「あと、保険は適用されないのですが、インプラントと言うものがありますが…」

患者さん「保険が効く方のどちらかでお願いしたいです…」

これは歯科医院の例ですので、
学習塾の先生に置き換えてみる
とこんな感じでしょうか。

学習塾「○○さんの学習状況ですが、○○という状態なので、
通常授業で地道にコツコツと頑張ってもらう方法があります」

学習塾「あと、通常授業以外ですが、通常授業に加えて○○という
コースもあるのですが…」

保護者「通常授業方だけでお願い致します。」

では、特別コースをお薦めしたにも関わらず、
拒否されてしまった塾長や講師の先生の
頭の中をのぞいてみましょう・・・

塾長・講師の先生(特別コースの方が、効果があるから、
特別コースの方が生徒の為になるのにな…
まぁ、通常授業が良いって言ってるんだから
いいか…)

このように思っている
塾長・講師の方はまだ、

「良い方」

なのですが、ダメダメなのは
こんな塾長・講師の先生です。

塾長・講師の先生(やっぱり高いモノを薦めるのは良くないな。
案の定、保護者も通常授業を希望しているんだから、
安いのが一番保護者に喜ばれるんだな)

塾長はこんな風に考えてはいませんよね?

人間が十人十色と言われるように、
塾長の中でも、授業に対する
考え方は十人十色だと思います。

しかし、

「生徒の成績を早く伸ばしてあげたい」

という想いは10人の先生がいれば、
10人とも同意されるのではないかと、
思います。

(特に、指導技術にこだわりがある先生
であればあるほど・・・)

そこから考えますと、
生徒には、先生が一番お薦めしたい
授業メニューを生徒・保護者に勧めるべき
ではないでしょうか?

そこで、先ほどの話の続きです。

結局、なぜ、保護者が一番良い授業
(得てして、高額なメニュー)
を選択できないのかといいますと、

「保護者はその授業の価値がわからないから」

です。

そして、この問題を解決するヒントが

「何をどのようにどういう順番で伝えるか」

です。

ヒントはそこにあります。

 

それでは、このヒントを学習塾においてどのように

紐解いていくのか?

 

それはまた次回。

つづく。

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